「蛇足」だったのは何か
「明治改暦」 Watchで、さらにひとつ。
>■明治改暦の太政官布告の「蛇足」の話
https://koyomi8.com/doc/mlwa/202512020.html
「蛇足」という語を借りるなら、
2011-10-28 回帰年と春分年 補足
| より大きな誤差の要因を無視して暦表時の式から4桁の年数を導出するのが
| 無意味なことは、当時でも容易に分かったはずです。レポートでこんな計算
| をすれば零点です。絶対マネをしてはいけません。
の指している「2621年」こそ「蛇足」に思えます。この件については、
2016-12-14 『こよみと天文・今昔』
で分析し、「懸案」注42でふれました。
おそらく、経緯は、
平山氏の計算を“援用”して『日本暦日原典』初版(1975年)に2621年と書いた。
↓
誰かから2620年の方が精確ではないかとの指摘を受けた。
↓
1日ずれる年数を検算して『こよみと天文・今昔』(1981年)に「1日をこえる」と書いた。
↓
その際、2日ずれる年数は検算しなかったので、計算間違いがあることに気づかず、
『日本暦日原典』は直さなかった。
だった。内田さんの意図としては、
1975年には暦表時が時間の定義であったので、「実際」とのずれはともかく、
定義上のずれについては4桁で計算すること自体は可能だった
のでしょう。ただ、「2621年」という記述は、暦表時が定義でなくなった[1]後も
『日本暦日原典』で維持され、そのうえ「実際は」という説明が繰り返されたため、
| レポートでこんな計算をすれば零点です。
という状況になってしまいました[2]。
逆説的ですが、第四版を読んだ私の憤り[3]を買って、査読を通す論考執筆の原動力に
なったという意味では、「蛇足ではなかった」とは言えます。
[1] Wikipedia によれば、天文学で暦表時が力学時にとって代わられたのは1976年。
[2] “「実際」と現実のずれ”と“計算間違い”という独立な2つの問題があり、零点は前者。
なお、実際は「実際は」には“記述の逆転”(2015-09-19)という別の問題もあった。
[3] 2012-08-19 「2621年ノ後一日」の謎 は憤りのためか、通常の倍の分量です。
一方、冒頭の記事などの指摘する、
>四歳每ニ一日ノ閏ヲ置キ七千年ノ後僅ニ一日ノ差ヲ生スルニ過キス
は、「蛇足」ではなく、
2024-09-13 「凡そ」の有無
|・「7200年」「400年97閏」の対でセット
とあるように、改暦の根拠として、「シンプルなのに高精度」という太陽暦の優秀性
を主張する論旨からして必要な記述であり、あえて“凡そ”を省いた言い切りでした。
むしろ、「改暦の詔書」で「蛇足」なのは「塚本明毅の建議書」から追加された、
「最モ精密ニシテ」の文言。
これは、「再検討」注46や「懸案」注18で指摘するように事実ではありません。
ただ、同文言は、「改暦の詔書」起草に際して、太陰太陽暦と太陽暦の精度の比較
レビューを行った直接のエビデンスとなっていて、「再検討」論考査読者に、
基準とする1年の長さは、天保暦の長さ(Q)と太陽暦の長さ(G)の間に位置する
V(=(Q+G)/2) ほどでなければならない
という論理の存在を論証する決定的な証拠になったという意味では、これもまた、
当初の意図とは別に、結果として「蛇足ではなかった」と言えるでしょう。
[関連記事] https://suchowan.seesaa.net/search?keyword=明治改暦
>■明治改暦の太政官布告の「蛇足」の話
https://koyomi8.com/doc/mlwa/202512020.html
「蛇足」という語を借りるなら、
2011-10-28 回帰年と春分年 補足
| より大きな誤差の要因を無視して暦表時の式から4桁の年数を導出するのが
| 無意味なことは、当時でも容易に分かったはずです。レポートでこんな計算
| をすれば零点です。絶対マネをしてはいけません。
の指している「2621年」こそ「蛇足」に思えます。この件については、
2016-12-14 『こよみと天文・今昔』
で分析し、「懸案」注42でふれました。
おそらく、経緯は、
平山氏の計算を“援用”して『日本暦日原典』初版(1975年)に2621年と書いた。
↓
誰かから2620年の方が精確ではないかとの指摘を受けた。
↓
1日ずれる年数を検算して『こよみと天文・今昔』(1981年)に「1日をこえる」と書いた。
↓
その際、2日ずれる年数は検算しなかったので、計算間違いがあることに気づかず、
『日本暦日原典』は直さなかった。
だった。内田さんの意図としては、
1975年には暦表時が時間の定義であったので、「実際」とのずれはともかく、
定義上のずれについては4桁で計算すること自体は可能だった
のでしょう。ただ、「2621年」という記述は、暦表時が定義でなくなった[1]後も
『日本暦日原典』で維持され、そのうえ「実際は」という説明が繰り返されたため、
| レポートでこんな計算をすれば零点です。
という状況になってしまいました[2]。
逆説的ですが、第四版を読んだ私の憤り[3]を買って、査読を通す論考執筆の原動力に
なったという意味では、「蛇足ではなかった」とは言えます。
[1] Wikipedia によれば、天文学で暦表時が力学時にとって代わられたのは1976年。
[2] “「実際」と現実のずれ”と“計算間違い”という独立な2つの問題があり、零点は前者。
なお、実際は「実際は」には“記述の逆転”(2015-09-19)という別の問題もあった。
[3] 2012-08-19 「2621年ノ後一日」の謎 は憤りのためか、通常の倍の分量です。
一方、冒頭の記事などの指摘する、
>四歳每ニ一日ノ閏ヲ置キ七千年ノ後僅ニ一日ノ差ヲ生スルニ過キス
は、「蛇足」ではなく、
2024-09-13 「凡そ」の有無
|・「7200年」「400年97閏」の対でセット
とあるように、改暦の根拠として、「シンプルなのに高精度」という太陽暦の優秀性
を主張する論旨からして必要な記述であり、あえて“凡そ”を省いた言い切りでした。
むしろ、「改暦の詔書」で「蛇足」なのは「塚本明毅の建議書」から追加された、
「最モ精密ニシテ」の文言。
これは、「再検討」注46や「懸案」注18で指摘するように事実ではありません。
ただ、同文言は、「改暦の詔書」起草に際して、太陰太陽暦と太陽暦の精度の比較
レビューを行った直接のエビデンスとなっていて、「再検討」論考査読者に、
基準とする1年の長さは、天保暦の長さ(Q)と太陽暦の長さ(G)の間に位置する
V(=(Q+G)/2) ほどでなければならない
という論理の存在を論証する決定的な証拠になったという意味では、これもまた、
当初の意図とは別に、結果として「蛇足ではなかった」と言えるでしょう。
[関連記事] https://suchowan.seesaa.net/search?keyword=明治改暦
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