チコ=ブラーエからケプラーへ
2026-01-10T00:41>おかげで中国には最新の理論を使えない
https://x.com/gejiqmq/status/2009651800010535332
というポストを拾いました。こちら↑に関連した記事を探してみると、
2014-05-18 『西洋新法暦書』と『暦象考成上下編』の違い
2015-04-28 平気の冬至と定気の冬至
があった。
『暦象考成』は、
上下編 ― 全面的にチコ=ブラーエ
後 編 ― 日月はケプラー[1]、5惑星はチコ=ブラーエ
でしたっけ?
冒頭のポストの話題は、『西洋新法』や『暦象考成』「上下編」の方
に関わるエピソードですが、「後編」が全面的にケプラーの体系で
ないのも、おそらくは宗教的な制約でしょうか?
おかげで、高橋至時は5惑星について、別枠で研究することが必要
になり、命を縮めたという…というところまで歴史が繋がります。
別件ですが、
2024-04-03 「宮沢賢治と宇宙」
の主任講師の方がご逝去の由↓
2026-01-09T17:36>放送大学教授の谷口義明先生が亡くなられました
https://x.com/cometwatanabe/status/2009544780410417198
[1] これは what(原理)ではなくhow(テクニック)として受け入れられた。
『遠西觀象圖説』と「円環年」最終頁を確認しておきたい。
| ケプラー方程式の意味付けは重要です。ケプラー方程式を
| 角運動量保存則(と逆二乗則)の帰結と理解すれば平均回
| 帰年は自然の摂理(天意)に直結したものとなります。
| 一方、『暦象考成後編』の計算方法を暦計算のテクニッ
| クと理解すれば、生の観測をより反映した春分回帰年こ
| そ天意であり、考案されたテクニックにより導出される
| 平均回帰年は暦計算のための人為となります。
[2026-01-20 追記]
谷川清隆さんも18日にご逝去の由。
https://x.com/gejiqmq/status/2009651800010535332
というポストを拾いました。こちら↑に関連した記事を探してみると、
2014-05-18 『西洋新法暦書』と『暦象考成上下編』の違い
2015-04-28 平気の冬至と定気の冬至
があった。
『暦象考成』は、
上下編 ― 全面的にチコ=ブラーエ
後 編 ― 日月はケプラー[1]、5惑星はチコ=ブラーエ
でしたっけ?
冒頭のポストの話題は、『西洋新法』や『暦象考成』「上下編」の方
に関わるエピソードですが、「後編」が全面的にケプラーの体系で
ないのも、おそらくは宗教的な制約でしょうか?
おかげで、高橋至時は5惑星について、別枠で研究することが必要
になり、命を縮めたという…というところまで歴史が繋がります。
別件ですが、
2024-04-03 「宮沢賢治と宇宙」
の主任講師の方がご逝去の由↓
2026-01-09T17:36>放送大学教授の谷口義明先生が亡くなられました
https://x.com/cometwatanabe/status/2009544780410417198
[1] これは what(原理)ではなくhow(テクニック)として受け入れられた。
『遠西觀象圖説』と「円環年」最終頁を確認しておきたい。
| ケプラー方程式の意味付けは重要です。ケプラー方程式を
| 角運動量保存則(と逆二乗則)の帰結と理解すれば平均回
| 帰年は自然の摂理(天意)に直結したものとなります。
| 一方、『暦象考成後編』の計算方法を暦計算のテクニッ
| クと理解すれば、生の観測をより反映した春分回帰年こ
| そ天意であり、考案されたテクニックにより導出される
| 平均回帰年は暦計算のための人為となります。
[2026-01-20 追記]
谷川清隆さんも18日にご逝去の由。
この記事へのコメント
自分の知る範囲では、楕円軌道が地動説のような意味で問題になったことはないと思います。逆に、問題がなかったことを示唆する状況証拠はいくつも思い浮かびます。
『暦象考成』後編では、フランスのパリ天文台のカッシーニ(初代および二代目)の観測値や理論的な成果が大いにとりいれられてますけど、二代目カッシーニのÉléments d'astronomie の太陽と火星の巻を見てみたのですが、いずれも楕円軌道の理論を紹介しています。当時、フランスはルイ十四世で、もちろんカトリック国ですし、初代カッシーニはイタリア出身で、イエズス会のリッチョーリに天文学を学んでいます。なお、初代カッシーニは楕円軌道は採用しませんが、円軌道も放棄します。リッチョーリは太陽の軌道に楕円を取り入れた理論を提示します。
おそらく、聖書には円軌道を示唆するはっきりとした文言はないのではないのでしょうか?(そんな幾何的な記述があるとは思えないから)
また、円軌道の仮説は、太陽の視直径の計測で直接的に反証されていました。(リッチョーリも自らの観測で確認しています。)この辺は、ガリレオの地動説などより、手堅い証拠があります。
楕円が全面的に採用されなかった理由としては、第一に、太陽や月は非常に重視されたが、ほかの惑星はさほどではなかったのがあると思います。第二に、『暦象考成』上下編が出来て間もないため、全面的な改定は面子その他の問題があったのかも??とも思います。それから、すべての惑星を楕円にすると、数表の作成その他、膨大な手間がかかるというのも考えられると思います。
ところで、『暦象考成』上下編を「全面的にチコ=ブラーエ」と書かれるのは、誤解をまねく可能性があるのでは、と思います。チコと全く同じ構成をとっているのは、水星と金星だけで、火星、木星、土星は、まず円運動の組み合わせで惑星の周期運動を説明し、最後に一年で一回転する周転円を付けます。つまり、プトレマイオスの理論(旧図)です。これらは計算式まで落とすと結局はティコの理論と同じになってしまいますから、後編との対比を簡単に表現した結果、このような文言になっているのだと思います。しかし、知らない人が読んだら、そのような意味には取れず、本当にティコと同じく、「地球の周りを惑星を引き連れた太陽がまわる理論」と思ってしまうのではないでしょうか。
| でしたっけ?
に、正確なフォローアップをいただき、
本文とコメントのセットで記事が完成した
と言えるステータスになったと感じます。
感謝いたします。