祝祭日の日取り

直近に「明治改暦」に言及している Web サイトを Google 検索すると、
祝祭日の日取りが月遅れでずれるなどの話題に関連して言及されている
場合が多いようです。

太陰太陽暦から太陽暦に変った際の、祝祭日の日取りの扱いについては、

 (1) 文献上の[1]その根拠となる事件の日付をグレゴリオ暦で推算し、
   そのグレゴリオ暦の月日を祝祭日の月日とする。
 (2) 太陰太陽暦での月日を、そのまま太陽暦での祝祭日の月日とする。
 (3) (2) に対する月遅れ。
 (4) 太陰太陽暦のまま祝祭を行い、太陽暦上では月日が毎年移動する。

などの方式があります。

明治改暦の布告には、

>諸祭典等舊曆月日ヲ新曆月日ニ相當シ施行可致事

とあり、特定の事件に対応するものは(1)、そうでない祝祭日[2]は(2)で
日取りを決定することを指示していたものと思われます。

しかし、(1) による紀元節の推算がまにあわず、明治6年の紀元節は(4)
で行われたのでした。太政官布告明治6年第344号および第258号などは、
改暦の布告の中の上記引用部をうけて布告されたと考えられます。

[1] 史実でないものもある。
[2] また、改暦の布告には置閏法の定義がないので、一般の寺社に (1)
  は不可能。

[関連記事] https://suchowan.seesaa.net/search?keyword=明治改暦

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