「市川斎宮の改暦案の紹介」

今年の『日本暦学会』会報に載せていただいた標題の論考[1]を、
 Academia.edu - https://independent.academia.edu/TakashiSUGA
 GitHub - https://github.com/suchowan/calendar_papers
に置きました[2]

| 市川斎宮の改暦案の明治5(1872)年版に焦点をあて、2つの論点
| (改暦案のあるべき精度および明治改暦で採用された置閏法)に
| ついて議論し、補論として「こよみ」に関する東アジア政治
| システムの「深層構造」と「表層構造」について紹介する。

というもので、もともともっと長い論考だったもののうちの、主に
Appendix に相当する部分を先行して公開したものです。

なお、第3章について補足すると、もし太政官布告を法律として扱う
とするならば、明治改暦で導入された“太陽暦”がグレゴリオ暦で
あることは、明治6年太政官布告第258号第344号で法律レベルで
確認できるのではないかと思います。

[1] 『日本暦学会』第29号(2022-04-01付け) pp.1-5
[2] 両者は全く同じもので、雑誌版のもののもと原稿です。
  雑誌版は雑誌全体の目次が同じ頁に記載されているため
  用いませんでした。

 → 2022-04-04 「市川斎宮の改暦案の紹介」(補足) へ続く

[前回記事] 2021-04-04 「複数の暦法の中心差を比較し可視化する手法の補足

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