明治改暦の布告の時刻の表(午前と午後)

昨日の、

| # 不備があるとすれば、むしろ「午後零時」の説明を欠いていることか?

標題の表は、

 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/994174/130

の左葉(51頁)の「時刻表」です。

これを見ると、午前は「零時 即午後十二時 子刻」に始まり「十二時 午」
で終わり、午後は「一時」から記載され「十二時 子刻」で終わっています。

これは、閉区間の端を角括弧、開区間の端を丸括弧で表現するとき、

 午前 [ 00:00, 12:00 ]
 午後 ( 00:00, 12:00 ]

であることを示している。つまり、

・正子は当日午前(零時)でもありかつ前日午後(12時)でもある。
・正午は午前(12時)であるが、午後(零時)ではない。

午前と午後が、正午を中点にして一日を2等分する概念である以上は、[1]
論理的にこういう解釈しか成立し得ないので不備とまでは言えない[2]ですが、
午後零時ジャストはなくとも午後零時はあるわけで、もう少し説明が
あってもよかった[4]

むしろ、ややこしいのは、12時制の時計のデファクト・ルールと、上記の
時刻表が不一致であることでしょうか。

デファクト・ルールを同じように表現すると、

 午前 [ 00:00, 12:00 )
 午後 [ 00:00, 12:00 )

とした上で、「0回鐘を鳴らす」[3]ことに意味がないアナログ時計の文字盤に
あわせて「0時」を常に「12時」と読み替えて表記する方式と言えます。

[参考] 国立天文台>暦計算室>暦Wiki>要素>1日とは?>午前と午後

[1] この行は 2024-05-07 追記
[2] [2024-05-08 追記] 解釈が一意ということは論理的に記述が足りているということ
[3] [2024-05-05 追記] 2012-10-07 時計の12時はなぜ0でないか?
[4] [2025-12-06 追記] 2025-12-06 明治改暦の布告の時刻の表(午前と午後)―補足

この記事へのコメント

のねむ
2021年08月13日 01:08
その「時刻表」では
「零時 子刻 一時 子半刻」
と書かれていますが
「零時 子半刻 一時 丑刻」
と書かれるべきですよね?
suchowan
2021年08月13日 07:45
コメントありがとうございます。2020-12-25 の記事( https://suchowan.seesaa.net/article/202012article_24.html ) の (3) (柳河春三『西洋時計便覧』と同じ) であれば不定時法ですから「数え表現」と定時/不定時の違いはないですね。内田さんが引用部の直前でどのようなことを書いていたか確かめてみます(内田さんは (1) のみが正しいという考えだったのかもしれません)。ただ、検索したところ近場の図書館には『暦の語る日本の歴史』は所蔵されておらず、古書を購入するほどの価値も見出せないので、しばらくの間はペンディングになると思います。
五角塲
2021年08月13日 22:59
法理論の歴史に詳しい方にコメントをいただければよいのですが、同じ瞬間を前日(24時/午後12時ちょうど)にも当日(0時ちょうど)にも含ませておく必要があると、明治5年の政府でも考えられていたからこの表記になったと思われます。

近時、即位の礼の祝日となった2019/5/1の日付が下の通り法令のどこにも見当たらず、内閣府にお尋ねしたところ、次の主旨の解説をいただきました。

特例法施行の日限り退位とあるので退位は4/30の24時。皇嗣が直ちに即位するのだから即位の日は翌日5/1の0時。

○「天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日を休日とする法律」天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日は、休日とする。
○「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」
第二条 天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位する。
○「天皇の退位等に関する皇室典範特例法の施行期日を定める政令」
皇室典範特例法の施行期日は平成三十一年四月三十日とする。
suchowan(枚方すずめさんの代理)
2021年08月14日 09:04
書き込めなかったとのことで枚方すずめさんよりメールでコメントをいただきました。
代理で書き込んでおきます

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ブログへのコメントを書き込んだのですが メールアドレスがNG?みたいで
送信できませんでしたので こちらでメールします。」枚方すずめ

午前・午後の範囲を「幻想の24時➡幻想の午前12時・午後12時」とリンクさせて表現すると次のようになるかと思います。 
  午前 : [ 午前00:00, 午後00:00 )
  午後 : [ 午後00:00, 翌日午前00:00 )

お探しの「暦の語る日本の歴史」は古本で手持ちがあります。
関連の部分としては最後の 第5章 明治の改暦とその後 の中で太政官布告の全文を紹介した後に「この布告のなかには不備の点が三つほどある。」として 七〇〇〇年に一日・・・と四年毎に一日の閏・・・を挙げ 三つ目に
「さらに時刻に関する表で、零時を子刻、一時を子半刻としているが、大体天保暦では九ッ八ッ式のいい方をしていたのであるから、ここでは零時を九ッ、一時を九ッ半とすればよかったのである。子の刻は午後一一時から午前一時までという時間帯であり、九ッというのは零時という時刻である。子半刻のようないい方は一部で間違って使われたかも知れないが、普通使われなかったはずである。もっとも九ッ八ッ式は不定時法であるから、別の面で困るということから、このような表にしたのであろうか。」とあります。 (P211~P212)

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