討ち入りの日付
赤穂浪士が吉良義央を打ち取ったのは、元禄15年12月15日の早朝ですが、
これはグレゴリオ暦では1703年1月31日にあたります。
この日付の表記に関しては、
2016-12-28 年の通し番号 の
| 西暦・和暦を問わず、太陽暦・太陰太陽暦のすべてに共通に年の通し番号を付ける。
| グレゴリオ暦の場合
| 1702年はユリウス通日 2342703 に始まり 2343067 に終わる
| 貞享暦の場合
| 1702年はユリウス通日 2342730 に始まり 2343113 に終わる
という考え方で、
元禄15(1702)年12月15日
でよいのではないかと思っています(→ 2019-03-29 西暦と和暦の表記(つづき))。
ただ、上記の説明のような凡例なしでは混乱するという危惧があるのであれば、
元禄15(1702/1703)年12月15日
とするのも良いかもしれません。
# 「1702」を書かないのは好ましくない。
これはグレゴリオ暦では1703年1月31日にあたります。
この日付の表記に関しては、
2016-12-28 年の通し番号 の
| 西暦・和暦を問わず、太陽暦・太陰太陽暦のすべてに共通に年の通し番号を付ける。
| グレゴリオ暦の場合
| 1702年はユリウス通日 2342703 に始まり 2343067 に終わる
| 貞享暦の場合
| 1702年はユリウス通日 2342730 に始まり 2343113 に終わる
という考え方で、
元禄15(1702)年12月15日
でよいのではないかと思っています(→ 2019-03-29 西暦と和暦の表記(つづき))。
ただ、上記の説明のような凡例なしでは混乱するという危惧があるのであれば、
元禄15(1702/1703)年12月15日
とするのも良いかもしれません。
# 「1702」を書かないのは好ましくない。
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