academia.edu(追加アップロード)

 2019-11-01 academia.edu(のこり)

| ずっと昔のものについては公開したいのですが、
| 結論が出るまでもう数か月お待ちください。

この件、ようやく転載許可がおりました。

 https://independent.academia.edu/TakashiSUGA

に、

・御堂関白記に記載された日の出・日の入り時刻の復元
  科学史研究 Vol.56, No.283, 2017-10, 196-204

・宣明暦と御堂関白記に記載された日の出・日の入り時刻
  科学史研究 Vol.56, No.284, 2018-01, 285-293

をアップロードしましたのでご利用ください。

いずれも手元の最終原稿をもとにpdf化したものですので
紙版と記述内容は同一ですが、フォントやレイアウトに
若干の違いがあるかもしれません。

# いゃ~、ずいぶん時間がかかってしまった ^^;

この記事へのコメント

五角塲
2020年01月27日 22:17
お疲れさまでした。
改めて拝見いたしております。

上の2編の論文で後者『宣命暦と御堂関白記に記載された日の出・日の入り自国』に陽城日晷(ようじょうにっき)という見慣れぬ字を発見。質問を申し上げたいと存じます。とても素朴な質問で恐縮です。

晷,日景也。【説文解字】(漢典の孫引きです)
日晷は影の長さを測る日時計のようなものと辞書にありますが、陽城すなわち本文に「基準観測地である陽城」とある陽城は、中国の山西省陽城県のことでしょうか。

よろしくお願いします。
suchowan
2020年01月28日 14:28
「陽城」が現代の河南省陽城(北緯33°16.5′)のことなのかはよくわかりません。「御堂関白記に記載された日の出・日の入り時刻の復元」の注25,26で計算した緯度と比較すると少し南に過ぎるように思います。
五角塲
2020年01月29日 12:52
早速のお返事ありがとうございます。

陽城日晷の記載はたとえば下のリンク先に見られますね。注25に陽城は北緯34.14度とありますが、当時の首都長安(現・西安)も同じあたりですから、このあたりにある高さ8尺の日時計を「陽城日晷」と考えておけば、論文の主題を大きく誤解するわけではないと思いました。

舊漢書「天文上」
https://www.gushimi.org/24shi/jiutangshu/3459.html
新漢書「曆六下」
https://www.gushimi.org/24shi/xintangshu/3668.html

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