why型
昨日の記事は how型 への危惧が主でしたが、why 型についても
少しコメントしておきます。
特に数学などの分野での理解は積み上げ式になる点が多いです。
だから、ある概念でつまづくと、その先が分からなくなる。
一旦分からなくなると how 型しか頼るも[1]のがなくなってしまう。
どこでつまづくかは、個人の特性によるのでさまざま異なりますが、
おそらく全くつまづかない人は存在せず、全ての人はどこかで
つまづく。
極めて極端な例として、あえて挙げると
2013-01-10 ABC予想
「宇宙際タイヒミュラー理論」でABC予想を扱うというのは、
別宇宙とこの宇宙の間に関連付けを行って、関連付けに伴う
ズレを定量的に評価するという流れになるそうですが、評価
手順(how)が使えたとしても、why をちゃんと理解できる人は
まずいないです[2]。
一方、逆の極端として、一昨日の小学4年生の例がある。
どこでつまづくかがさまざま異なるので、集合教育で why型 を
貫徹するのは難しい。
[1] 問題解決に寄与しないので頼る意味がないというのが why 型
からみた how型の評価。
[2] わたしもさっぱり理解できません。
少しコメントしておきます。
特に数学などの分野での理解は積み上げ式になる点が多いです。
だから、ある概念でつまづくと、その先が分からなくなる。
一旦分からなくなると how 型しか頼るも[1]のがなくなってしまう。
どこでつまづくかは、個人の特性によるのでさまざま異なりますが、
おそらく全くつまづかない人は存在せず、全ての人はどこかで
つまづく。
極めて極端な例として、あえて挙げると
2013-01-10 ABC予想
「宇宙際タイヒミュラー理論」でABC予想を扱うというのは、
別宇宙とこの宇宙の間に関連付けを行って、関連付けに伴う
ズレを定量的に評価するという流れになるそうですが、評価
手順(how)が使えたとしても、why をちゃんと理解できる人は
まずいないです[2]。
一方、逆の極端として、一昨日の小学4年生の例がある。
どこでつまづくかがさまざま異なるので、集合教育で why型 を
貫徹するのは難しい。
[1] 問題解決に寄与しないので頼る意味がないというのが why 型
からみた how型の評価。
[2] わたしもさっぱり理解できません。
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