綸言汗の如し

 2018-12-21 初手天元

で会食した方のおすすめ本

 『日本を殺すのは、誰よ!

p.307 に、

>霞ケ関には「決して過去の政策についての客観的なチェックをしない」
>というのが不文律としてある。すべて成功したことになっている。

という指摘がありました。

これは「綸言汗の如し」というスタンスまで遡れるでしょう。

連想するのは、

 2012-09-17 宣明暦の日月食予報精度の思い込み

| なぜ、このような思い込みが生じるかというと、どうも歴代の暦の
| 改暦理由の説明に原因があるようです。
| 
| 「本音」の改暦理由の如何に関わらず、
| ・前の暦は制定当時は正しかった。
| (現政権と連続性があるので間違っていたと説明できない)
| ・しかし現在は天の運行とずれている。
| => よって改暦する。
| という「建前」で


現代の政策立案でも「当時は正しかったが事情が変わった」という
「建前」にすれば、適切な舵取りは可能なはずなのですが無理なの
でしょうか?

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