補足-「宣明暦と御堂関白記に記載された日の出・日の入り時刻」
昨日の論文(研究ノート)
急いで補足しておくべきことを記事にしておきます。
実は、著者校正の少し前くらいになって、論点が不十分なことに気付いてしまいました。
第3章で「通番1と通番4の両方を同時に(すなわち同じ緯度で)「御堂関白記」に合わせる
ことは不可能である」として、第5章には冬至の昼の長さが120/300日より長くなる組合せ
を含めていません。
しかし、一方では、二至二分の昼夜の長さは観測とは関係なくアプリオリに決められたと
いう前提での議論をしているので、冬至・夏至の観測結果は、冬至・夏至*以外*の日付での
昼夜の長さの計算には利用されたが、冬至・夏至*自身*の昼夜の長さはアプリオリな前提を
優先して、観測結果は利用されなかった … というシナリオを想定すべきだった。
そこで、冬至の昼の長さが120/300日より長くなる組合せについて補充の確認をしてみました。
結果、
・清明の誤記をそのまま認めて、冬至の昼の長さが121/300日
になるケースが見つかりました。
ただ、これはやはり現実的にはありそうもない。
(1) 清明の誤記
この件に気付いて、後世の史料で清明の誤記がどう扱われているか確認しました。
→ 2017-11-11 清明の夜半定漏の誤記
どうやら日本で流通していた宣明暦には誤記はなかった。この誤記は高麗史にも
見られませんし、より後世に中国で混入したのではないかとみられます。
(2) 冬至の昼の長さが121/300日
こうすると、*正確に*日の出が辰初刻2分、日の入りが申3刻5分となります。
もしアプリオリに日の入りを3刻4分半としていたとしても、正しい日の入りが3刻5分と
知っていたなら、それを3刻4分に丸めたりはしないのではないかと考えられます。
実際には、3刻4分に丸めた例はあっても3刻5分の例はありません。
ということで、幸いなことに以降の論旨に影響なく、ことなきを得ました。
急いで補足しておくべきことを記事にしておきます。
実は、著者校正の少し前くらいになって、論点が不十分なことに気付いてしまいました。
第3章で「通番1と通番4の両方を同時に(すなわち同じ緯度で)「御堂関白記」に合わせる
ことは不可能である」として、第5章には冬至の昼の長さが120/300日より長くなる組合せ
を含めていません。
しかし、一方では、二至二分の昼夜の長さは観測とは関係なくアプリオリに決められたと
いう前提での議論をしているので、冬至・夏至の観測結果は、冬至・夏至*以外*の日付での
昼夜の長さの計算には利用されたが、冬至・夏至*自身*の昼夜の長さはアプリオリな前提を
優先して、観測結果は利用されなかった … というシナリオを想定すべきだった。
そこで、冬至の昼の長さが120/300日より長くなる組合せについて補充の確認をしてみました。
結果、
・清明の誤記をそのまま認めて、冬至の昼の長さが121/300日
になるケースが見つかりました。
ただ、これはやはり現実的にはありそうもない。
(1) 清明の誤記
この件に気付いて、後世の史料で清明の誤記がどう扱われているか確認しました。
→ 2017-11-11 清明の夜半定漏の誤記
どうやら日本で流通していた宣明暦には誤記はなかった。この誤記は高麗史にも
見られませんし、より後世に中国で混入したのではないかとみられます。
(2) 冬至の昼の長さが121/300日
こうすると、*正確に*日の出が辰初刻2分、日の入りが申3刻5分となります。
もしアプリオリに日の入りを3刻4分半としていたとしても、正しい日の入りが3刻5分と
知っていたなら、それを3刻4分に丸めたりはしないのではないかと考えられます。
実際には、3刻4分に丸めた例はあっても3刻5分の例はありません。
ということで、幸いなことに以降の論旨に影響なく、ことなきを得ました。
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