一月一日(続き)

Wiki の方に「一年の初めはなぜ一月一日か[1]という記事をのせていますが、
その中で、

| 古代ローマでは過去の年をその年の2名の執政官の名前を参照して「○○と□□が
| 執政官だった年」と表現するため、公式には Ianuarius の初日が年初となるのです。

| 古代ローマでも古くは執政官の任期は Martius(英語の March に対応) の初日に
| 始まっていました。しかし、紀元前154年にイベリア半島で反乱がおこり、それに
| 対処するため執政官を2か月繰り上げて任命したことが契機となったとされています。

| ただし、数詞 8 に由来する October が 10番目の月で、数詞と月番号の対応が
| 2か月ずれたままであることからもわかるように、一般民衆の間では Martiusの
| 初日を年初とする感覚は残ったのではないでしょうか。

(中略)

| この表が正しいとすると陰暦の日付の漸増はユリウス暦への改暦前後で連続しており、
| 新月を意識したというのは考えすぎで、一年がかりで改暦した紀元前46年の445日と
| いうのは平年(12朔望月)に単に3朔望月を加えた結果に過ぎないのかもしれません。

と書きました。

ふとユリウス暦移行前年である紀元前46年の暦↓を眺めていて気付きました。

 http://hosi.org/*/AUC0708

この一段目の一月から閏月の部分は、当時のローマ暦での閏年の通常のパターンで
合計して80日あります。この年は445日ですから、引き算すると二段目の三月以降の
日数はちょうど365日です。

これはどういうことかというと、

 季節の廻りにおいて、ユリウス暦移行前の時期のローマ暦の三月[2]は、
 ちょうどユリウス暦の一月に相当する

ということ。

これは、年初の扱いについて

 ・公式には一月
 ・一般民衆は三月

という乖離を、

 ・表記 : 公式に合わせる
 ・季節 : 民衆に合わせる

という妥協で解消しようとした結果なのかもしれません。

でも、うまくいったのかな?

数詞 8 に由来する October が 10番目の月で、数詞と月番号の対応が 2か月ずれた
ままである以上、一般民衆は新たな暦であるユリウス暦の三月を年初とする意識を
持つようになったのではないかと強く推測します。

[前回記事]
 2017-03-01 紀元前46年(ローマ建国紀元708年)

[1] 本記事の関連ブログ記事は、このWiki 記事の末尾も参照
[2] 紀元前154年 ( http://hosi.org/*/AUC0600 ) を見るとグレゴリオ暦とのずれは
  小さいですから、いいかげんな運用で季節がずれたというのは、通説どおりです。

この記事へのコメント

suchowan
2017年09月05日 12:35
https://twitter.com/ashikusaseijin2/status/904161758499049472
http://hosi.org/*/AUC0708-11 で11月の暦を見ていただければわかりますが、
当時のローマ人にとって実際に長かったのは11月ではなく第1閏月なのです。
情報元のBennett さん(故人)が実際に a.d. XXII Kal. Int. Pr. のような
日付のある史料を確認したのか、あるいはもっと間接的に推定したのかは
詳しく書かれていないのでわかりかねます。まあ、だからこそ典拠情報を
しつこいくらいにページに貼っているわけです。

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