大衍暦の基準緯度(補足)

昨日のずれ、大衍暦が特に杜撰かというと、そうでもありません。

2012-11-11 映画「天地明察」相違 [1]

|[1] 『日本の暦と和算』P.95 の図を見ると、あたかも万治元年(1658年)に全国を巡ったかのようで
|  すが、同じ本の本文(P.94)に書いてあるとおり、実際には二十一歳のときに西国で北極出地を
|  測ったのみです。二十一歳というのは数えですから、万治元年でなく2年(1659年)にあたります。
|  P.95 の図は数十年も後のデータで、おそらく門人たちの測定結果を集計したものと思われます。
|  南部(40度)と奥州津軽(42度)で2度も差が出るのは、測り方が一様でなかったか、北極星の
|  日周運動を考慮しなかったからではないでしょうか。

千年近く後世の日本で上記のような状況だったわけですし、そもそも大陸のど真ん中では
日の出や日の入りの観測に適した「理想的な地平線」なぞ望めません。

古代の暦法の精度を担保していたのは、日食や月食がいかにうまく予測できるかなので、
日の出や日の入りの観測のように、その中心課題からズレた現象については、それほど
力を入れて精度の向上を図ろうというモチベーションは無かったのではないでしょうか。

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