中根元圭の観測(続き)

2017-05-30 2つの伏角

36分の薄明に対して、伏角

| -h = 7.36113°(7°21′40.05″)

比例計算すると、大気差による日の出時刻のずれは、大気差を 35′として
約3分弱になります。

2017-05-14 昼夜の長さ

| ちょっと必要があって橋本万平『日本の時刻制度』を再確認しているのですが、
| p.60に授時暦での昼夜の長さの表があります。これが冬至と夏至でピタリと
| 長さが反転している。

これは貞享暦の授時暦に対する改善点ではないので、貞享暦でも同様でしょう。
つまり大気差は考慮していない。

そして、

2014-03-19 中根元圭の観測

| 中根元圭が徳川吉宗の命で貞享暦の誤差を確認しようと、伊豆[1]で太陽
| 位置の観測をし「貞享暦に誤差はない」と復命したエピソードがあり
| ます
  …
| [1] 観測地点では東も西も水平線だったのでしょうか。

わざわざ観測地に伊豆を選んだのは水平線を確認したかったからでしょう。

これらをまとめるとちょっと疑問が発生

江戸時代中期の時計の精度であれば、約3分(昼夜の長さで6分)というのは
さすがに気が付くはずの違いのように思われます。

中根元圭はいったいどのようなデータ処理をしたのでしょうか?

[2024-11-20 追記]
 渡邊敏夫『近世日本天文学史(上)』p.138に、中根元圭がした観測は全く
 “別のもの”[1]だという記述があるとのご指摘がありました。
 ただ、実際に p.138 あたりを確認すると、少しニュアンスが違っていて、
 「別ソース」「誤解」のふたつの可能性があるが、渡邊氏は「誤解」だと
 考えるというもの。少し分析してみると、“別のもの”は確かに実施され
 ている秋の観測ですが、本記事で話題にしている観測は同じ年の春から夏
 の観測なので、秋の観測の存在は、春から夏の観測がなかった根拠には
 ならないように思いました。とりあえず記事等の本文の修正はしないで
 置こうと考えます。

 [1] 月の南中高度などを観測し、太陽や月の距離を知ろうとした
 『三正俗解』 p.34

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック