『日本暦学会』第18号の「2033年問題」記事

このブログの表紙の《論文・エッセイ等より》に標題の記事が
ないのには経緯があります。

・電子版がない

標題の記事は2010年の日本暦学会講演の内容を文字起こしして
構成したものです。この講演は、原稿を先に書いて行ったもの
ではなく、パワーポイントを使って図を説明しながらしゃべった
ものです。もともとの録音では、図を「ごらんの通り」とか、
「ここの月が…」とかなどと参照しながら進めており、音声を
文字列化しただけでは意味をなしません。結局、論旨を変えない
よう配慮しつつ、講演口調の説明文[1]を再構成することとなりました。

ただ、こちらで提供したのは文章のみ。それに編集さんが、
講演で実際に使った図を適宜配置して完成原稿となったのです。

ですから、こちらに残った原稿には説明図が入っていない!

そういうわけで、これまで《論文・エッセイ等より》から
とべるところに置いていなかった。

・内容が古い

今回、紙からの文字起こしなどを様々行った勢いで、標題の
記事の完成原稿も再構築してみました。

…が、読み直してみると内容が古い。

例えば「湯若望の置閏法」などの表現が頻繁に使われていますが、
現時点では私自身の見解が変わっています[2]

今、電子版を公開しても混乱を招くだけと判断しました。

ということで当面電子版は公開しないままとします。

[1] 同じ日本語でも会話・講演・論文…と様々な文体があるものですね。
[2] 2015-09-08 康熙甲子元法の置閏法と湯若望

# 昨日分の記事の参照カウントが上がっているのは
# いったい何かあったんでしょうか?

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