思い込みは怖い?

一昨日の件、ちょっと一般化しておきます。

 (1) 仮説X ならば 現象A

が言えるとき、現象Aを確認して、

 だから仮説Xに違いない。

と考えるのが「思い込み」です。

命題論理的には、後者は、

 (2) 現象A ならば 仮説X

なので、逆は必ずしも真ならず (2) が成立するとは限りません。

しかし、科学では完璧に証拠がそろうことはないので、こういう
問題を認識しつつ、割り切って考えねば先に進めません[1]

だから「思い込みは怖い」けど踏み込まねばならないときはある。

次に、

| ○○さんのミスを想定して、
|
| ○○さんは××だ

なぜこれが要注意かというと「ミスを想定」するということは、
そこに“不合理な飛躍”を仮定するということだからです。

これは魔法のことばで、これを許容してしまうと、何でも説明
できてしまう。思考停止の危険が迫ってきます。

だから、このパターンになっていることに気付いたら一歩
立ち止まって考えねばならないのです。

# もちろん本当にミスだったという場合もあるでしょうが…

[1] 「パラダイム」が関連概念として参考になります。

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