時代考証(続き)

2016-08-08 時代考証の記事を書いた際に、「昔すごいのを読んだな」
というのを思い出して、今回再確認してみたのが、

 『銭売り賽蔵』(集英社文庫)

冒頭の文章が、

> 明和二(一七六五)年五月十七日の昼下がり。
 …
> 梅雨はまだである。

とあってすでに違和感。ちなみにこの日はグレゴリオ暦では7月4日です。

さらに二十節には、

> 八月の熱い盛りには、緑の葉が日差しをさえぎってくれる。

旧暦では八月は秋分を含む月ですから、どうもこの季節感は太陽暦のようです。

そして、二十五節に至って、

> 明和三(一七六六)年二月四日の節分明けから、大島町の護岸作事が始まった。

とありグレゴリオ暦と確認できました[1]

古今集冒頭の和歌が、

> 年の内に 春は来にけり ひととせを こぞとや言はむ 今年とや言はむ

なのは有名ですが、立春(節分明け)は十二月の後半から正月の前半にあり、
二月にはなりえません。

Amazon のレビューを読むと吾妻橋の有無など時代考証が甘いとの指摘が
すでになされているようです。

書誌的にみると、雑誌に連載されたあと、最初の出版が2005年、文庫本化が
2007年ということで、修正するならいくらでも時間があったようにも思うの
ですが、こういう時代考証というのはあまり重視されていないのでしょうか?

[1] 実際は明和三年に立春はありません。前年の十二月廿六日が立春です。

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