平気の冬至と定気の冬至

2014-04-14の記事で列挙した研究会のうちのひとつ
| 2014-02-09/02-10 平成25年度「黎明期日本天文史研究会」
で、仙台の黒須潔さんが
 http://mdonchan.web.fc2.com/column/hikaku2.htm (*)
の図の説明をされました。

未解決の問題がふたつ

(1)文献にある冬至測定方法では説明できないほど記録にある冬至観測の
  日時が安定している
(2)しかもその日時が現代天文学での計算値より一貫して 0.3 日ほど早い

どうやら(2)の原因は平気の冬至と定気の冬至のズレのようです。

・貞享暦

平気の冬至と定気の冬至のズレは『貞享暦の日行盈縮と定朔』の表により、

(4360000*6.445-20000*6.4452-34*6.4453)/100000000 = 0.2762(日)

・寛政暦

M を平均近点角、E を離心近点角、υ を真近点角、e を軌道の離心率、
r を天体間の距離、a を軌道の半長径とすると、ケプラーの法則[1]より、

 E - e sin E = M
 r cos υ = a(cos E - e)
 r sin υ = a(1 - e2)1/2sin E

e に現代天文学の値 0.0167、真近点角υに西暦1790年ころの冬至点と
近日点のずれである 9.340度を用い、平均近点角 M を求めると9.033度。
υ - M を日数に換算すると 0.311日。

近日点を角度の原点にすると、近日点[2]に先行している冬至点の付近では、
定気の冬至に比べ、平気の冬至はこのくらい早い日時になるわけです。

(1) に関しては、観測した直近の日月食の食分や時刻などでパラメータを
校正していたのではないかと推測されます。実際、江戸時代の暦法定義の
文献には、新暦法による過去の食の推算結果が大量に列挙されています。

(*)のグラフの貞享暦の部分も、パラメータの決定に使ったであろう日月食
の年代にグラフを外挿してみると、確かに 0.27日くらいになります。

[1] 寛政暦は中国経由で入手した西洋天文学のパラメータを用いており、
  実際に楕円運動をケプラーの法則で計算している。

[2] 近日点の付近では、真運動の方が平均運動より速いため、同じ角度
  を回るのに平均運動の方が時間がかかる。

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