鳳鳴と太平

|(4)i. 実装した When::BasicTypes::M17nオブジェクトの reference の確認

実例を少し…

・鳳鳴

隋末の群雄の一人蕭銑が建国(再興?)した梁の年号に鳴鳳というのがあります。
Wikipedia でそのままリンクするとリンク切れです。Wikipedia では同じ年号を
鳳鳴としているのです。

鳴鳳という年号は宏業書局版『資治通鑑』5761頁17行目から採集したもの[1]
おそらく宏業書局版の底本のtypoの可能性が高いです。しかし、鳴鳳で流通し
ていることも事実なので、実装としては鳴鳳を捨てるのではなく alias として残す
ようにしました。

Wikipedia では鳳鳴は2年までとなっていますが、蕭銑の記事では没を鳳鳴5年
としていて、Wikipediaの記事どうしが矛盾を起こしています。実装では蕭銑没
まで鳳鳴年号が続いたことにしました。

・太平
Webサーバーで推古29年12月21日を見てみると、
| 中国::隋::楚(林士弘) 太平06(0621).12.21
となっています。Wikipediaでこの太平年号を確認すると、太平6年は622年で一年の
ずれがあります。

年号の出典は、『隋書』
>壬辰,鄱陽人林士弘自称皇帝,国号楚,建元太平
『資治通鑑』も同趣旨の記述です。

実はこの壬辰日とは
| 中国::隋::楚(林士弘) 太平01(0616).12.10
なので、やはり太平6年は621年が正しいはずです。
Wikipediaの方はこの壬辰日が西暦で617年になってしまうのを誤認したのかも
しれません。太平年号についてはWikipediaには合わせず、もとのままとします。

こんな調子で、ひとつひとつ確認しているところです。

[1] ソースに宏業書局版の中の具体的な出典箇所を明記するようにしています。

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