戊寅暦
以前T氏よりいただいていた要望のうち、
日本で使われなかった唐代の暦法の計算
の件、調べているのですが、『新唐書暦志』戊寅暦の
太陽の運動の遅速を示す表

に、損益率とその積分の2値しかないことに気づきました。
後年の暦法では、太陽の遅速と、それが月の位相の変化に
与える時間のそれぞれについて、率とその積分が与えられ、
表は4値からなるのが普通です。
これは、まだ入気定日加減数の概念が完全には成立して
いなかったことを意味するのではないでしょうか。
「定気」の概念が閏月の決定に使われるようになったのは
清の時憲暦からですが、「定気」の概念そのものは、唐代
の初期に成立していました。
しかし、微細に見ると唐初の戊寅暦で、いきなり完成した
ものではなく、施行された暦という観点では、むしろ李淳風
の麟徳暦の方が画期といえるのかもしれません。
------
薮内清『隋唐暦法史の研究』p.62 によれば、麟徳暦は、実際
には施行されなかった隋の皇極暦の「定気」の値をそのまま
引き継いでいるとのこと。
日本で使われなかった唐代の暦法の計算
の件、調べているのですが、『新唐書暦志』戊寅暦の
太陽の運動の遅速を示す表

に、損益率とその積分の2値しかないことに気づきました。
後年の暦法では、太陽の遅速と、それが月の位相の変化に
与える時間のそれぞれについて、率とその積分が与えられ、
表は4値からなるのが普通です。
これは、まだ入気定日加減数の概念が完全には成立して
いなかったことを意味するのではないでしょうか。
「定気」の概念が閏月の決定に使われるようになったのは
清の時憲暦からですが、「定気」の概念そのものは、唐代
の初期に成立していました。
しかし、微細に見ると唐初の戊寅暦で、いきなり完成した
ものではなく、施行された暦という観点では、むしろ李淳風
の麟徳暦の方が画期といえるのかもしれません。
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薮内清『隋唐暦法史の研究』p.62 によれば、麟徳暦は、実際
には施行されなかった隋の皇極暦の「定気」の値をそのまま
引き継いでいるとのこと。
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