『筆算訓蒙』
「塚本明毅」評伝『塚本明毅: 今や時は過ぎ、報国はただ文にあり』(2012) p.147に、
核心の記述がありました。
太陽暦一歳は三六五日五時間四八分四五秒という数値は、明治二年九月刊行の
『筆算訓蒙』にも記されていた。[1]
どうやらこれで霧が晴れたようです。
まさか、自分が以前教科書に書いた値を失念したなんてことはあり得ないでしょう。
意味の異なる数値を使い分けたのだと思います。
[1] http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/827631/52 の右側
[追記]
ブログに、
塚本は名前と肩書を貸しただけで、内田五観あたりの作文かもと
推測したらどうなるでしょうか。
というご意見をいただきました。
仮にそうだとしても本質は変わらない気がします。建議書は塚本名義なので、
一字一句を作文したのが誰かには関係なく、文責は塚本にありますから。
問題の部分はグレゴリオ暦の優秀性を強調する肝(きも)なので、確認・承認を
せずに上申することはないでしょう。
核心の記述がありました。
太陽暦一歳は三六五日五時間四八分四五秒という数値は、明治二年九月刊行の
『筆算訓蒙』にも記されていた。[1]
どうやらこれで霧が晴れたようです。
まさか、自分が以前教科書に書いた値を失念したなんてことはあり得ないでしょう。
意味の異なる数値を使い分けたのだと思います。
[1] http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/827631/52 の右側
[追記]
ブログに、
塚本は名前と肩書を貸しただけで、内田五観あたりの作文かもと
推測したらどうなるでしょうか。
というご意見をいただきました。
仮にそうだとしても本質は変わらない気がします。建議書は塚本名義なので、
一字一句を作文したのが誰かには関係なく、文責は塚本にありますから。
問題の部分はグレゴリオ暦の優秀性を強調する肝(きも)なので、確認・承認を
せずに上申することはないでしょう。
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