「塚本明毅」評伝
塚本明毅の評伝が出版されたことは、日本暦学会会報No.20で知っていましたが、
一昨日「暦の会」で興味深いことを聞きました。それは、
塚本明毅は明治改暦の建議書に「誤差七千年に一日」と書くより以前に、自身で
編集した算数の教科書で「誤差三千年に一日」という趣旨の説明をしている
…ということ。
つまり彼は「誤差七千年に一日」「誤差三千年に一日」の両方を知っていて、教科書
では「誤差三千年に一日」、明治改暦の建議書では「誤差七千年に一日」の方を選ん
だということを意味します[1]。建議書の方は、その性格上「誤差七千年に一日」という
説明が嘘にならないということを理解していなければできないはずです。[2]
もうひとつ指摘すべきことは、算数の教科書を執筆する能力があって、回帰年の正しい
長さを知っていれば、春分年の長さは容易に計算可能であるということです。これは、
塚本の記述と吉雄俊蔵の『遠西観象図説』の記述の間のトレーサビリティを消滅させ
ます。間違った記述は引用のマーカーになります[3]が、独立に導出可能な記述は引用の
マーカーにならないからです。
[1] 教科書は最新の知識の普及、建議書はプロモーションと、目的が異なります。
「誤差七千年に一日」「誤差三千年に一日」どちらも根拠があって間違いでは
ないのだから、目的によって使い分ければよいだけのことです。
[2] つまり、新旧の値という理解ではなかった。
[3] こちらの最後の注記にも例として挙げましたが、以前ある本を監修したとき、著者の
方から「表の実害のないとろに一か所わざと誤記を入れておく、無断で表を使われた
ときに証拠とするためです」という話を聞きました。怖いテクニックです。
一昨日「暦の会」で興味深いことを聞きました。それは、
塚本明毅は明治改暦の建議書に「誤差七千年に一日」と書くより以前に、自身で
編集した算数の教科書で「誤差三千年に一日」という趣旨の説明をしている
…ということ。
つまり彼は「誤差七千年に一日」「誤差三千年に一日」の両方を知っていて、教科書
では「誤差三千年に一日」、明治改暦の建議書では「誤差七千年に一日」の方を選ん
だということを意味します[1]。建議書の方は、その性格上「誤差七千年に一日」という
説明が嘘にならないということを理解していなければできないはずです。[2]
もうひとつ指摘すべきことは、算数の教科書を執筆する能力があって、回帰年の正しい
長さを知っていれば、春分年の長さは容易に計算可能であるということです。これは、
塚本の記述と吉雄俊蔵の『遠西観象図説』の記述の間のトレーサビリティを消滅させ
ます。間違った記述は引用のマーカーになります[3]が、独立に導出可能な記述は引用の
マーカーにならないからです。
[1] 教科書は最新の知識の普及、建議書はプロモーションと、目的が異なります。
「誤差七千年に一日」「誤差三千年に一日」どちらも根拠があって間違いでは
ないのだから、目的によって使い分ければよいだけのことです。
[2] つまり、新旧の値という理解ではなかった。
[3] こちらの最後の注記にも例として挙げましたが、以前ある本を監修したとき、著者の
方から「表の実害のないとろに一か所わざと誤記を入れておく、無断で表を使われた
ときに証拠とするためです」という話を聞きました。怖いテクニックです。
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