太陽暦の「系譜」

下記のようにさまざまな太陽暦が提案されていたようです。
ただし、『七曜攘災決』と『夢渓筆談』が繋がるか独立かなど
本当に「系譜」になるかどうかは判然としません。

金倶叱『七曜攘災決』(9世紀初め)
 雨水を年初とし、12中気を月初とする太陽暦[1]

沈括『夢渓筆談』補筆談(1088以降)の天暦
 立春を年初とし、12節気を月初とする太陽暦。節気の配置は平気。

游子六『天経或問』(1675,1681)の天暦
 冬至を年初とし、12中気を月初とする太陽暦。中気の配置は定気。

『天文解那物語』(寛政7年,1795)の万世画一暦
 立春を年初とし、奇数月小、偶数月大(12月は別)とする太陽暦。
 ただし、立春の配置は平気で修正宝暦暦による。

中井履軒の華胥暦(享和元年,1801)
 立春を年初とし、四立を季節の初めとする太陽暦。
 ただし、四立の配置は定気でも平気でもなくルール不明。

山片蟠桃『夢の代』(享和2年,1802)の天暦
 立春を年初とし、12節気を月初とする太陽暦。
 ただし、節気の配置は定気でも平気でもなくルール不明。

佐藤信淵の太陽正昇度(文政8年,1825)
 立春を年初とする太陽暦。

市川斎宮の改暦建議(明治5年,1872)
 立春を年初とする太陽暦。
 ルールベースで地球の遠地点の周囲を大の月とする。

金光教の太陽暦(明治7年,1874)[2]
 http://web.archive.org/web/20040912134728/http://www.ne.jp/asahi/konko/fushimi/oboe/syougai3.htm

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[1] 矢野道雄『星占いの文化交流史』P.145
[2] BBS 2000年5月29日(月)14時17分 の投稿
その他の出典は能田忠亮『暦学史論』

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