中国の場合
太陽の運行
1) 歳差
[東晋]虞喜:咸康(335-342)年間に発見
2) 中心差
[北斉]張子信:日行盈縮発見
[唐]李淳風<麟徳暦(儀鳳暦)>は未だ不完全(『日本暦日原典』の解説参照)
[唐]一行<大衍暦>:中心差といえる形に整う
→[清]湯若望ら<時憲暦>:定気の採用
月の運行
1) 白道と黄道の交点
[後漢]賈逵『論暦』:九歳九道一復
[後漢]劉洪<乾象暦>:白道と黄道の傾斜を明記
[魏]楊偉<景初暦>:交点による日月食予報
2) 中心差
[後漢]賈逵『論暦』:月行遅疾
[後漢]劉洪<乾象暦>:位置推算に取り入れる
→[唐]傅仁均<戊寅暦>:定朔の採用
西方との文化的距離は大きく、伝播したものより発見したものが目立ちます。
逆に、発見できなかったものとしては、
・地球の近日点移動
・月の二均差・出差[1]
などが挙げられます。
出差は明代の回回暦で中国に知られました。
その他はヨーロッパ経由で中国に知られました。
里差を最初に取り入れた暦法は、
[モンゴル]耶律楚材<庚午元暦>
とされますが、中心差の項でもわかるように概念を知ることと暦法に取り入れる
こととは別です。概念の発見についてはトレースできませんでした。
[1] 「出差」が中心差と紛れる話
----
[2015-05-24 追記]
薮内清『隋唐暦法史の研究』p.62 によれば、[唐]李淳風<麟徳暦(儀鳳暦)>
の太陽の運動は[隋]劉焯<皇極暦>の値をそのまま引き継いでいる。
1) 歳差
[東晋]虞喜:咸康(335-342)年間に発見
2) 中心差
[北斉]張子信:日行盈縮発見
[唐]李淳風<麟徳暦(儀鳳暦)>は未だ不完全(『日本暦日原典』の解説参照)
[唐]一行<大衍暦>:中心差といえる形に整う
→[清]湯若望ら<時憲暦>:定気の採用
月の運行
1) 白道と黄道の交点
[後漢]賈逵『論暦』:九歳九道一復
[後漢]劉洪<乾象暦>:白道と黄道の傾斜を明記
[魏]楊偉<景初暦>:交点による日月食予報
2) 中心差
[後漢]賈逵『論暦』:月行遅疾
[後漢]劉洪<乾象暦>:位置推算に取り入れる
→[唐]傅仁均<戊寅暦>:定朔の採用
西方との文化的距離は大きく、伝播したものより発見したものが目立ちます。
逆に、発見できなかったものとしては、
・地球の近日点移動
・月の二均差・出差[1]
などが挙げられます。
出差は明代の回回暦で中国に知られました。
その他はヨーロッパ経由で中国に知られました。
里差を最初に取り入れた暦法は、
[モンゴル]耶律楚材<庚午元暦>
とされますが、中心差の項でもわかるように概念を知ることと暦法に取り入れる
こととは別です。概念の発見についてはトレースできませんでした。
[1] 「出差」が中心差と紛れる話
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[2015-05-24 追記]
薮内清『隋唐暦法史の研究』p.62 によれば、[唐]李淳風<麟徳暦(儀鳳暦)>
の太陽の運動は[隋]劉焯<皇極暦>の値をそのまま引き継いでいる。
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