寛政暦の消長法

中山茂「消長法の研究 III」[1]を漫然と読んで、寛政暦の消長法は「麻田剛立の消長法を
高橋至時が幾何学的に整理してチューンナップしたものだ」と誤解していたのですが、
時系列で考えると、寛政暦の行用開始時点では、高橋至時の幾何学的説明は完成して
おらず、当然寛政暦は麻田剛立の消長法をほぼそのまま使っていたはずだということ
に気づきました。渡邊敏夫『近世日本科学史と麻田剛立』P.288には、

 寛政の改暦に際し麻田の『消長法』が採用され、寛政暦法を記した『寛政暦書』には
 この『消長法』に基づいて,寛政9年(1797)丁巳天正冬至を立元とする用数が計算さ
 れている。

とあります。

実際、中山論文 P.11の式(62)

 1年の長さ = 365.24162044 + 0.435370×10-6 t
 (t は西暦133年からの経過年数)

を使って『日本暦日原典』の寛政暦の部分の二十四節気の日時をすべて照合してみると、
完全に一致します。(→2014-07-13追記)

佐藤政次『暦学史大全』(1968)P.335に示されている1年の長さ(歳周)

 寛政暦文政10年丁亥諸數 歳周 365.242360132122日

は、上記の式(62)から逆算すると、文政10年(1827年)ではなく、正確に5年後の
天保3年(1832年)の長さに当ります。『近世日本科学史と麻田剛立』P.287には、
諸数は10年間所用する[2]とあり、寛政暦の暦元が1797年ですから、1827年から1836年
までの10年間は1832年の歳周を使用することになるわけです。

[1] 科学史研究, 69 pp.8-16
[2] 授時暦では、100年ごとに改訂することになっていました。
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[2014-07-13 追記] 訂正あり(「寛政暦の二十四節気」)

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