日付変更線

戦国時代、スペインの宣教師は地球を西回りに新大陸・フィリピンから、ポルトガルの
宣教師は地球を東回りにインド・東南アジア経由で、日本にやってきました。このため
ポルトガル人の曜日の方が、スペイン人の曜日よりも1日進んでいたことになります。

これは、人為的な問題ではなく、太陽に対する回転回数が、ポルトガル人の方が必然的に
1回分多くなるからです。

逆に、人為的に日付を合わせなければ混乱が発生してしまいます。
このために設けられたのが日付変更線です。

最近では、キリバス東部が1994年12月31日をとばして、1995年1月1日にしたのと、
サモアが2011年12月30日をとばして、2011年12月31日にしたのが、日付変更線の変更と
して話題になりました。後者は2012年2月29日をとばせば、もっと楽だったのではないか
と思うのですが、そうできない理由でもあったのでしょうか。

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