宣明暦の日月食予報精度の思い込み
宣明暦に関して「800年以上も使われたため誤差が積もって日月食予報が当たらなくなった」と
言われることがあるようです。
しかし、これは思い込みです。
宣明暦は、
年÷日 = 365 + 2055/8400 = 365.244643 (冬至年[1]との差は 550年あたり1日のペース)
月÷日 = 29 + 4457/8400 = 29.530595 (朔望月との差は 12700年あたり1日のペース)
です。
よって、確かに季節の巡りには800年で約1日半のずれを生じますが、朔や望の日時の精度に関し
ては800年の時の経過は有意な影響を与えません。また交点月/日は 27 + 4658.19/8400(端数は
13時間18分33秒に相当)で『天文年鑑2012』と秒まで同じです。
当然、平安時代も江戸時代も日月食予報精度はほぼ同じです。
内田正男『日本暦日原典(第四版)』P.535に、
第27表は近代的方法(Oppolzerの食表による)と宣明暦法による日食計算結果を比較したもので、
予報時間の誤差は江戸時代に入っても決して悪くなっていない。
とあり、ご自身で計算しただけあって説得力があります。[2]
ではなぜ、このような思い込みが生じるかというと、どうも歴代の暦の改暦理由の説明に原因が
あるようです。
「本音」の改暦理由の如何に関わらず、
・前の暦は制定当時は正しかった。(現政権と連続性があるので間違っていたと説明できない)
・しかし現在は天の運行とずれている。
=> よって改暦する。
という「建前」で、改暦理由が定型的に説明されていたようです。[3]
「貴社ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。」と文面に書いてあるから「先方は喜んでいる」
と思う人はいないでしょう。過去の文章の読解にも同じような配慮が必要です。
[1] 授時暦採用の1281年での Meeus の計算式の値を仮に用います。
[2] また内田正男「宣明暦に関する研究III」pp.393 in 『東京天文台報』15, No.2には、
第3表から施行後400年位までの宣明暦は陽城の推算値と割合よくあっていることが解る.
しかし後になると,その予報はかえって徐々に京都の状況に近ずいて来ている.
とあります。
[3] 広瀬秀雄「宝暦の改暦について」pp.85-87 in『蘭学資料研究会 研究報告 第157号』(昭和39.3.21)
--------------
[追記]
日本で行用された暦法での日食計算については「宣明暦法による日食予報の的中率について」
という竹迫忍氏の労作があります。宣明暦の計算から主に南半球に月の影が落ちる日食を除外し、
予報精度を向上させていた…ということが判明しています。
言われることがあるようです。
しかし、これは思い込みです。
宣明暦は、
年÷日 = 365 + 2055/8400 = 365.244643 (冬至年[1]との差は 550年あたり1日のペース)
月÷日 = 29 + 4457/8400 = 29.530595 (朔望月との差は 12700年あたり1日のペース)
です。
よって、確かに季節の巡りには800年で約1日半のずれを生じますが、朔や望の日時の精度に関し
ては800年の時の経過は有意な影響を与えません。また交点月/日は 27 + 4658.19/8400(端数は
13時間18分33秒に相当)で『天文年鑑2012』と秒まで同じです。
当然、平安時代も江戸時代も日月食予報精度はほぼ同じです。
内田正男『日本暦日原典(第四版)』P.535に、
第27表は近代的方法(Oppolzerの食表による)と宣明暦法による日食計算結果を比較したもので、
予報時間の誤差は江戸時代に入っても決して悪くなっていない。
とあり、ご自身で計算しただけあって説得力があります。[2]
ではなぜ、このような思い込みが生じるかというと、どうも歴代の暦の改暦理由の説明に原因が
あるようです。
「本音」の改暦理由の如何に関わらず、
・前の暦は制定当時は正しかった。(現政権と連続性があるので間違っていたと説明できない)
・しかし現在は天の運行とずれている。
=> よって改暦する。
という「建前」で、改暦理由が定型的に説明されていたようです。[3]
「貴社ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。」と文面に書いてあるから「先方は喜んでいる」
と思う人はいないでしょう。過去の文章の読解にも同じような配慮が必要です。
[1] 授時暦採用の1281年での Meeus の計算式の値を仮に用います。
[2] また内田正男「宣明暦に関する研究III」pp.393 in 『東京天文台報』15, No.2には、
第3表から施行後400年位までの宣明暦は陽城の推算値と割合よくあっていることが解る.
しかし後になると,その予報はかえって徐々に京都の状況に近ずいて来ている.
とあります。
[3] 広瀬秀雄「宝暦の改暦について」pp.85-87 in『蘭学資料研究会 研究報告 第157号』(昭和39.3.21)
--------------
[追記]
日本で行用された暦法での日食計算については「宣明暦法による日食予報の的中率について」
という竹迫忍氏の労作があります。宣明暦の計算から主に南半球に月の影が落ちる日食を除外し、
予報精度を向上させていた…ということが判明しています。
この記事へのコメント