「2621年ノ後一日」の謎

今回の話ははっきり言って「重箱の隅」の話で、単に2621年を2620年に訂正するだけなら、
実害がないのでとりあげる必要もないどうでもよいこと[1]です。しかし、発端となった文脈が、
 明治改暦の布告にある「七千年ノ後僅ニ一日ノ差」には典拠が示されていないが、
 建議した塚本明毅が、すでに半世紀も前の“吉雄俊蔵の計算違い”[2]をその
 まま使った結果である。
という誤った通説の原因であることを考慮すると、記録に残さないと公正を欠くと考えます。
『「7000年ノ後一日」の謎』(上記通説)と『「2621年ノ後一日」の謎』(下記)のストーリー
 ○○に書いてある□□は、明記されていないが半世紀遡った△△の引用だった。
 実は△△は計算違いだった。
が奇妙に一致しているのです。
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暦表時の定義に用いられた 太陽の平均黄経(L)と時刻(T)の関係式(Newcombの式):
 L = 279°41'48".04 + 129602768".13 T + 1".089 T2 … [A]
から、グレゴリオ暦とのずれを計算してみます。
時刻 T[3]でグレゴリオ暦とのずれが n 日になるとすると、
 129602768".13 T + 1".089 T2 = 1296000"×(36525T+n)/365.2425
これは2次方程式なので容易に解けて、その正(プラス)の解は、
 n=1日 → 26.2026ユリウス世紀(=2620.31グレゴリオ年)
 n=2日 → 45.3976ユリウス世紀(=4539.85グレゴリオ年)

あるいは、Newcombの式から導かれる回帰年の長さの式:
 365.24219879 - 0.00000614 T                … [B]
と、グレゴリオ年 365.2425日の差の積分値から、ずれが n 日になる日を計算すると、
 n=1日 → 26.2020ユリウス世紀(=2620.25グレゴリオ年)
 n=2日 → 45.3954ユリウス世紀(=4539.63グレゴリオ年)
[A]と[B]では丸め誤差や式の近似によると見られる程度の誤差しかありません。

このため、内田正男『日本暦日原典』[第四版](1996)P.544の
 殊に7000年に一日の差という間違いは、吉雄の計算違いがそのまま使われている。
 実際は1900年以降で計算すると、グレゴリオ暦法では2621年ほどで1日違う勘定になる。
が、なぜ2620年でなく2621年なのか、以前から少し気になっていました。
(年未満の端数を無条件に切り上げるという意図の可能性がありました)

この謎が解けたのは半年ほど前でした。
平山清次『暦法及時法』一、太陽暦P.16-17を読んだ際、
式[B]そのものを用いて、
 n=1日 → 2621
 n=2日 → 4542
としていることに気づいたのです。

計算の仕方によっては([A]と[B]で結果が微妙にずれるように)、若干の差が出ることは
あるでしょう。しかし「n=2日 → 4542年」というのは端数の切り上げでは説明がつきません。
平山さんの計算と正しい計算のずれは、端数を無条件に切り上げた結果ではなかったのです。
他の可能性も、色々仮定を変えて試してみましたが4542年にはなりませんでした。[4]

直裁に書きましょう。要するに、潮汐摩擦云々とも丸め処理とも関係なく、
もともと単なる平山さんの計算違いだったのです。
たしか平山さんと内田さんは師弟関係だったのでは…?
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『暦法及時法』増補版 再版(昭和十八年七月二十八日)の章立ては下記のようになっています。
  一、太陽暦
  二、太陰暦
  三、支那暦とギリシヤ暦
  四、フランス共和暦
  五、暦法改良案の分類及び評論
 *六、世界暦
  七、週について
 *八、ロシヤの週制
  九、日本に行はれたる時刻法
  十、月と時
  十一、常用時の改良に就て
  十二、夏時法の現在
 !十三、二十四時通算法の可否
 *十四、時の話
 *附録一、命數法の可否
 *二、尺貫法を保存せよ
 *三、度量衡と暦の改正

* 増補版で追加された章
! 増補版でタイトルが変わった章

「五、暦法改良案の分類及び評論」は「一、太陽暦」で計算したグレゴリオ暦の誤差を
前提に暦法改良案の優劣を論じています。増補した「十四、時の話」では潮汐摩擦による
1日ののびを 1.0ms/世紀[5]とするデータに言及しています。こののびを考慮に入れると
[B]の 0614T は 1037T と 70%弱も大きくなって一次項の寄与の議論が全く変わります。
増補版を作る際に、本当は「一、太陽暦」「五、暦法改良案の分類及び評論」も見直す
べきだったのを、見直さなかったのでしょう。[6]昭和十八年の時点で「2621年」(および「2620年」)
というのはすでに時代遅れで無意味になりつつあったのです。
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つまり『日本暦日原典』は、半世紀も前の、しかも半世紀前の時点でもともと間違っていた
平山さんの計算違いがそのまま使われているのです。(←どこかで読んだセリフ ^^;)
『日本暦日原典』には引用元が refer されていません。値が正しかった場合、その引用元の
特定は難しい。しかし、間違った値が引用されていれば、仮に引用元が明示的に示されて
いなくてもその引用元を推定できる…そういう典型的な例になっています。怖いことです。[7]

そして、上記のとおり実際に詳しく調べてみると、
×殊に7000年に一日の差という間違いは、吉雄の計算違いがそのまま使われている。
×実際は1900年以降で計算すると、グレゴリオ暦法では2621年ほどで1日違う勘定になる。
は実際は全く話が逆で「黙って半世紀前の値を引用したら間違った値だった」のは1行目でなく2行目!
皮肉です。誤った俗説を流布された吉雄俊蔵は気の毒としか言いようがありません。

[1] 実は「どうでもよいこと」こそ重要だったりします。「どうでもよいこと」だからこそ、
  訂正されずに過去の経緯の情報を保存してくれたのです。2621年も2620年も机上の空論で
  “実際”とは乖離した無意味な年数ですから、実害に対して「中立」です。
  自然淘汰に中立な遺伝子の相同が、過去の進化系統の解明に寄与するのと同じです
[2] “吉雄の計算違い”が間違いであることは、すでに「暦の会第373回例会資料」
  示しました。吉雄は『遠西観象図説』(中)P.42に、
   円環年ノ日時分ヲ測ルニ三百六十五日五時四十九分ニシテ
  と書いており、吉雄がこの長さを“計算違い”の結果ではなく、のオーダーの精度での測定値と認識
  していたことがわかります。もし吉雄に間違いがあったとしても、少なくとも“計算”間違いではないのです。
  今回の話は『日本暦日原典』に「吉雄の計算違い」という記述がなければ書かなかったでしょう。
[3] 1899年12月31日12時からのユリウス世紀(36525×86400秒)を単位とする経過時間
[4] 単に値が違うから“計算違い”だというのでは内田さんと同じ轍を踏みます。いろいろ仮定して
  「どうやったら正しくなるか?」と試行錯誤することは重要です。現時点では、ひょっとしたら、
  “代数的”に計算したのではなく、計算尺などを使って“幾何的”に求めた結果出た誤差
  なのではないかと推定しています。計算尺で4桁目を特定するのは難しい。
[5] http://hosi.org/a/pcs/373rd(20120317)-P05.png の採用値は 1.75ms/世紀
[6] 論文集という性格上、そのような論文を書いたこと自体は事実なので、内容が古くなっても、
  あえて改訂しないという判断は“有り”でしょう。
[7] 別の話ですが、以前ある本を監修したとき、著者の方から「表の実害のないとろに一か所
  わざと誤記を入れておく、無断で表を使われたときに証拠とするためです」という話を
  聞きました。怖いテクニックです。


[2024-01-05 追記]
 [A]と[B]を用いてズレが1日および2日になるのに要する年数を計算するスクリプトを登録
 https://gist.github.com/suchowan/804aa9c6dfec58a7990bd8850921f0ce

[2025-02-03 追記]
 [4]での計算尺への言及に関し 2025-02-03 計算尺 で見解変更

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